リスクセミナー 講演「リスク評価って何のため?」

東京大学名誉教授 安井 至先生

"リスクフォーカス"では、リスクの分野で活躍する第一人者のお話をお伝えします。

第一回目は、安井 至氏。
安井氏は日本におけるゼロリスク議論に初期の頃から
警鐘を鳴らされ、積極的に情報発信されていますリスク研究の第一人者です。
ゼロリスクは人を幸せにするか。発がんはなぜ起きるか。 リスクを避けることで別のリスクを引き受けてしまう。

今回は、2011年9月開催したリスクセミナー「リスク評価って何のため?」 での講演要旨をお届けします。
ゼロリスクの議論に違和感を感じている方に、ぜひ一読頂きたいお話です。

リスク評価は人間が不幸にならないため

なぜわれわれがリスク評価を行うか。日常の膨大なリスクとの戦いに勝利しているからこそ人間は生存しています。リスク評価はその中での「知恵」なんです。無知ゆえに最悪のチョイスをしないための知恵なんです。最善を選ぶのは難しい。しかし、最悪を避ける。そのためにリスク評価があります。

その方法は平常時、非常時に違います。平常時には無用なリスクを避ける、のが常識。しかし、非常時にはリスクのトレードオフ、つまり、一つのリスクと別のリスクを天秤にかけてよりリスクの小さい方を選択する。最悪から逃れるためにリスク評価が必要なのです。
今回の原発では、不安になって沖縄に避難する方がいますね。それは安全だけれども、せっかく福島にできた子供の友達との関係を切っていってしまうのは、子どもにリスクを負わせてしまうことにもなる。移住するか留まるか。移住するとストレスになる。
あまり努力すると、親・子どもが心理的に不安定にもなる。でも、移住した方が精神的に楽になるのであればその選択もあります。ストレスはバカにできないのです。免疫機能はストレスによって低下する。対策をとってストレスが増加して免疫機能が下がれば発がんリスクが増える。ストレスをためるのもがんリスクを上げるから、色々なことを考慮した上で適切に判断すべきです。

長生きすることのリスク

人間は寿命との闘いは必ず負けます。実は、人間の生存リスクはやたらあるのです。長生きするリスクはかなり大きい。適当なところで死ぬのが一番リスクが低い。そうとも言えてしまうのです。

もともと人間の寿命は40年。DNAの修復機能で50年の寿命になりました。人間という単一生物がこんなにはびこっていいのかというくらいに増えたのが現代です。非常に長生きになったのは、他の生命体ではありえない十分な栄養素を摂取したからです。戦後まもなく男子の寿命50年、今は80年ですね。
それでも人間は地球上で結構、危うく生きているんです。ですから、リスクを分野横断的にとらえるのが必須になります。ですからいろんなものを横に並べてリスク評価する、そういうことを僕は長年仕事にしているのです。

がんはなぜなくならないか

医療、病気の発見は効果があります。だけれども相変わらずガンはなくならない。なぜか。人は酸素で呼吸するようになって早く動けるようになった。嫌気性の生物、効率が悪くて早く動けない。このベネフィットを得るために、酸素のリスクを負った。
活性酸素でDNAにばりばり傷がつく。DNAの修復機能で直しているという訳です。

発がん物質は身の回りにたくさん

タバコとアルコールは圧倒的に発がんのリスクが高いですね。IARC(国際がん研究機関)のグループ1物質ということになります。他にもたくさんあります。2002年、ポテトチップスが大量のアクリルアミドが入っている。誰も思っていなかったんですね。それでも、むしろ塩分の取りすぎの方がリスキーです。

この発がん物質のグループ1には、14種類の放射線、たばこ、アルコール、職業はけっこうあります。その他に、日焼けマシーン、太陽光、紙たばこ、医薬品(免疫抑制剤)、寄生虫、ウイルス類、アスベスト、科学兵器。わりあいとイーブンにいろんなものがありますね。女性ホルモンも発がん物質です。乳がんになる。日本人は体質的に少ないですが、それでも近年は増えています。

リスクを過小評価しない

放射線のリスクについて話します。放射線を100ミリシーベストを一生で受けるのか、一瞬で受けるのかは全然違う。何年もかかって100ミリになるよりも一時で100ミリになる方がきつい。この低線量の被ばくについてICRP(国際放射線防護委員会)はリスクを過小評価しないスタンス、安全側に立つという立場を取っています。そこでICRPは緊急事態期100ミリシーベルト/年。復旧期20ミリシーベルト/年。平常時1ミリシーベルト/年と、ばく露の線量限度の値を設定しています。

しかし、放射線のリスクコミュニケーションの場面では、DNAの修復機能を教えないといけない。また、インドなど、自然放射線の低線量被ばくが多い地域の疫学データはどうかということも同時に伝えることも重要です。さらに、がんの検診で早期発見をすることで、がんの死亡率も減らすことができる、運動や食生活、喫煙、飲酒という生活習慣がどれだけ発がんに寄与しているかも伝えないとなりません。

「リスク」が日本になじみにくい理由

日本人には「リスク」という言葉がなじみにくいし、「リスク管理」という言葉の理解が難しいですね。例えば、なぜ欧米にコタツがないのか。狩猟民族だから靴を履いたままでいられる。靴を履いたままコタツに入ると快適でない。狩猟民族は常にリスクにかかわっているから、靴は脱ぎたくないんですね。欧米人の考えでは、マンモスをとりにいくと一人くらいは死んでしまう。そしてその人は、英雄となる。

日本人はみんなで高いリスクを我慢することはできるけれど、一人にリスクが集中することはできない。それでもふぐを食べることのリスクは許容できる。生活習慣や文化的な背景も、日本人と欧米人のリスクへの態度の違いに出るのでしょうね。(終わり)

この後、リテラジャパン西澤と安井氏の対談に移りました。対談はこちらをご覧ください。

 

安井氏の講演をライブで聞きたい方は、講演を録画した動画をクリックください。(約8分です)
⇒ http://www.literajapan.com/videogallery/index.html#yasui1

リスクについての基礎的な内容は、リスク評価ハンドブックをご覧ください。
⇒  http://www.literajapan.com/handbook/

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